しが国語教室

科学に裏打ちされた、国語の勉強法

なぜ子どもは「それ」の指すものがわからないのか?―理由と対策―その1

「『それ』は何を指していますか?」という問題がよくありますが、子どもは結構苦手です。なんとなくこういうことだとはわかっていても、うまく名詞で答えられないことがしばしばあります。しかし、これは、どちらかというと、問題の方が不適切なのです。

 


かつては、「それ」は前に出てくる名詞を指していて、読むときには、どの名詞を指しているかを理解しながら読んでいると考えられていました。だから、「『それ』の指しているものを答えなさい」というテストが行われ、名詞で答えないとバツをつけるという採点がされてきたのです。

 


しかし、今は「それ」の指しているものをいちいち理解しようとすることは効率的ではなく、人間はそのような読み方をしていないことが報告されています(Ferreira et al.,2002;Sanford & Sturt,2002;Levine, Guzman, & Klin,2000)。

 


また、「それ」の指すものは、名詞というより、名詞のまわりの状況であることも示されています(井関, 2006)。

 


次のような実験があります。

 


① 机の正面に備え付けられた本棚の右奥に小さな箱があった。それは知美が宝物を入れるために使っているものだった。

② 机の正面に備え付けられた本棚の右奥に小さな箱があった。箱は知美が宝物を入れるために使っているものだった。

なぜ子どもは「それ」の指すものがわからないのか?

 


①と②の文は、「それ」と「箱」が違うだけですが、①の文を読んだ人の方が、最初の文(机の正面に~あった。)を覚えていることが確かめられています。つまり、「それ」という言葉は前の文全体を脳に思い起こさせる、つまり名詞のまわりの状況を指しているのです。

 


私たちが会話で「それ」を使う場合にも、一つの名詞というよりは、今言ったこと全体を指して使っています。例えば、

 


「日本と中国は昔から交流があったので、それを考えると…」という使い方をした場合、「それ」は、「日本と中国が昔から交流があった」という命題をさしています(林,2020)。

 


したがって、「それ」は何を指しますか? という問題に対して、最初に述べたように「何となくこういうことだとわかっていても、うまく名詞で答えられない」のは、むしろ当然のことなのです。私たち大人自身をふりかえっても、「それ」の指すものをいちいち名詞で定義し直してコミュニケーションはしていません。やはり、「何となくこういうこと」と感じながらコミュニケーションを進めているのです。大人の鏡である子どもも同じです。名詞で答えさせるというテストは、むしろ、日常の生活習慣や脳の働きからかけ離れた問いなのです。だから、子どもが戸惑うのですね。

 


対策は「その2」で書く予定です。

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瀬戸内海 蒲刈大橋